札幌を拠点に活動する5人組・乙女絵画。そんな彼らが2024年5月に放った1st EP『境界』は、ビートの領域に足を踏み入れた肉体的な1枚だ。踊りという行為と直結する本作は、自己の境界を喪失するほどの根源的な情動や狂気を描こうとしたEPであり、前作『川』で顔を担っていた歌の側面とは一線を画していた。

今回TOKIO TOKYO Knowledge Shareでは、3月20日(水)にQoodow、えんぷていと共演する『ONE WEEK WONDER'25』の開催に先駆けて、佐々木(Vo,Gt)と金城(Gt)の2人にインタビュー。ピュアで原初的な感情を表現するために模索を続ける彼らは、作曲者とエンコーダーという役割を超え、バンドとしてより強固に団結しようとしている。

「請け負う芸術の領域はどれだけ純粋な気持ちを込められるかにかかっている」(佐々木)

――2024年5月に1sr EP『境界』がドロップされました。テンポ感の変化や薄く鳴っているシンセサイザーの使い方をはじめ、ふわりと溶けだしていくような感覚の強い1枚だと受け止めています。改めて本作を振り返って、お2人はどのようなEPになったと感じていらっしゃいますか。

**佐々木(Vo,Gt):**もともとこのEPは、自分が持っている自然なセンスというか、性質から意識的に離れようとした作品だったんです。僕がやらないであろうことへ意図的に取り組んだ結果、逆に自分のセンスやポップス像みたいな美学が浮き彫りになった1枚だと感じています。

――『境界』のコンセプトとして、ご自身の根源から外れたものに挑戦することを掲げた理由は何だったのでしょう。

**佐々木:**前作の『川』は1枚目ということもあり、自分の好きなものをとにかく全て詰め込んだアルバムだったんですけど、その作品で自分が好きな歌謡とかの要素はやれた気がしたんですよ。で、次に歌うことを考えた時に同じことを繰り返したくはなかったし、『川』の先に進みたかったんです。その結果、意識して取り組んでこなかったダンスやビートの領域に踏み込んだり、メタルみたいなことをやってみたりと他のアプローチができた感じかな。

――自分がやってこなかった要素へ挑戦した結果、アイデンティティーが浮かんできたという旨をお話いただきましたが、もともと佐々木さんの根底にあった歌心や歌謡のエッセンスについてはどのように捉えていらっしゃいますか。

**佐々木:**おっしゃっていただいたことは、僕が曲を作る上で逃れようとした部分でもありますし、逃れられないと思って引き受けたところでもあって。『境界』では歌になりすぎないようにする視点もあったり、いかに歌の要素を上手くミックスするかを考えていたんです。でも、今はそんなに支配する必要もないというか、上手にその性質を活用する方向へ向かっていけたらなと。自分の持っているものから離れて、その可能性を広げようとしたからこそ、歌に対する意識や持ち合わせているものと向き合う準備ができたと思っています。

――ある意味では準備期間を終えた感覚があるんですね。金城さんは『境界』を振り返ってみて、いかがですか。

金城(Gt):『川』は乙女絵画を始めてからの楽曲をひと繋ぎにした、いわゆる全集的な作品だったんですけど、『境界』は提示したいテーマが先に存在した上で、そのコンセプトに対して曲を近づけていく作業だったんですよね。で、その意図は今話していたように『川』から逃れようとすることだった。そうやってこれまでとは違うことへ取り組んでいるからこそ、編曲者として参加した僕としては、乙女絵画性に直結するもともとの軸を担保する方法を考えていた気がします。

――歌のアプローチが変わっている一方で、アンサンブルのらしさがブレないようにしたかった。

**金城:**そうですね。歌の軸自体が違う方向へ進もうとしているから、もともとの軸を動かさないことでその進化が分かりやすく伝わると思ったんです。本来は上物の変化の方が伝わりやすいからこそ、歌が変わったことを引き立てるためにギターはブレちゃダメだったんですよね。だから、ギターに対する意識は地続きではあるんですけど、とはいえ変わった部分もあって。

――というと?

金城:『境界』では特に、ギターのポジショニングを意識するようになったんですよ。『川』は歌をメインにした作品だったからギターを潜めるようにしたんですが、『境界』は歌を立てるよりも、若干歌に対してぶつけにいくことで聴き手に歌へ能動的になってほしかった。「どうぞどうぞ」と歌に主役を譲るんじゃなくて、「ギターはここまでやれたけど、歌はどこまでいけんの?」と挑戦するというか、歌というテーゼに対するアンチテーゼとしてギターを存在させることで歌を昇華させたかったんです。なので、『境界』のギターは『川』以上に歌と絡み合うようになっていると思いますね。

――ここまでのお話の中で『境界』がコンセプチュアルな1枚であることがひしひしと伝わってきているんですが、実際にタイトルだけを眺めてみても「夜が明けない」から「日が落ちた」を経て、「朝日について」で終わるという時間の経過を想像させる構成になっていて。そうした時間をイメージさせる楽曲が並んでいったのは、なぜだったのでしょう。

**佐々木:**実は時間系の言葉が並んだのは偶然で。本当に無自覚だったんですよ。

――では、無意識のうちにこうしたワードが出てきた背景を考えてみると何だと思います?

**佐々木:**僕の考える芸術の本質的な目的って、純な感情と純な信念をどれだけ感じてもらうかなんですね。もちろん、音楽のテクニック的な部分は手段としてありつつも、僕が請け負う芸術の領域はどれだけ純粋な気持ちを込められるかにかかっている気がする。そう考えた時に『川』の頃は、「川って良いよね」「生命って素敵だよね」みたいな慈愛を歌うことにベクトルが向いていたんです。でも、『境界』の時は慈愛だけじゃだめだと思うようになって。というのも、戦争が始まったり、人を平気で殺す映像が流れてくる世の中に対して、怒りや悲しみを感じていたから。そういう状況において、琴線に何かが触れる一歩手前のもっと根源的な躍動というか、それこそダンスとかにアプローチしたかったのかなと。

――肉体的、原初的なものに挑戦することで、より根源的な感情と向き合おうとしていた。

**佐々木:**そうですね。言語以前のものに矢印が向いていた気がする。だから『境界』では、自他の境界を失ったり、時間の境界を失ってしまうような体験や狂気のイメージに落ち着いていたんだと思います。

――境界の喪失や混合はアートワークでも示されていますけど、佐々木さんにとって境界が無くなるほどの狂気はポジティブなものなんですかね。

**佐々木:**その当時は、愛が純な感情として1番強いだろうと思っていて。自分と他人の境界がなくなるくらいおかしくなっちゃうことも、純粋な気持ちへアクセスする方法の1つだと捉えていたんです。周りの物と一緒になるというか、溶けだしてしまう感覚も純な体験だと思いますし。だから、境界を失うほどの怒りや悲しみをないまぜにしながら、それに身を委ねることは1つの純粋な自我なんじゃないかな。

――何かを区切っていくことは言語的、理性的な営みである一方で、溶けあっていくことって、先ほどおっしゃっていただいたような言語以前のものというか、プリミティブな行為だと思うんですよ。それは本作で肉体的なダンスにフォーカスしたことと地続きな気がしていて。つまり、フィジカルな踊りに焦点を当てることで言語から離れ、境界が崩壊していくプロセスを生み出し、それが結果として純な表現に繋がっていくという。

**佐々木:**ダンスやビートに接近したかった理由は、言っていただいたような部分に対して自分の心の変化があったからな気がします。なんにせよ、『川』と『境界』を比べた時に、慈愛を描いているのか、それとも怒りや狂気を書いているのかの違いはありましたね。

これまでの役割分担を超えて。乙女絵画の次なるステージ

――冒頭でもお話いただきましたけれど、乙女絵画の音楽は佐々木さんの歌がフィーチャーされやすいと思うんですね。そうした中で、金城さんが佐々木さんの歌をどのように見ているのかも伺いたいです。

**金城:**上物の自由を許す力があるというか、引っ張っていくだけじゃなくて、受け止める強さも備えたボーカルだと思っていますね。乙女絵画のライブはメトロノームを使ってカッチリと合わせるというよりも、各々の身体的なタイム感をシンクロさせていく営みだと感じていて。それが成立するのは歌が中心にあるからですし、歌の持つ鼓動に自然と僕らが合わさっていっているんじゃないかなって。

――自然と歌のテンポ感に合致しているとのことですが、引っ張る強さと受け止める大きさの両面を持った歌に対してギターはどのようにアプローチしていますか?

**金城:**ギターに関して言うと、リズム的なアプローチよりもメロディーやハーモニー、スペースを意識することが多いと思います。僕らはギターが3本ある分、自由度がかなり高いというか、それぞれが1個の楽器として独立できると思うんですよ。メロディーを奏でても良いし、さっき言ったように対抗したって良いし、支えるようなハーモニーを作るのも良い。数は強さだと思うから、3本が全く違うことをしてひたすら隙間を埋めることもできますし、3本が同じことをやったり、弾かない選択も取れる。やる、やらないにしても掛ける3人分の選択肢が生まれるので、もっと無数のチョイスができる気がしていますね。

――金城さんのお話も含め、純なものを追求する態度はバンドとして共有されているものだと感じています。『境界』のリリースからおよそ10カ月が経過して、バンドとしてのモードも少しづつ変わっていると推測しているのですが、その点はいかがですか。

**佐々木:**今の話を聞いていて思ったのは、これまで俺は作曲者として「純なものへアクセスするぞ」っていう啓示的な部分でのゼロイチを担当していたんだってことで。それに付随する音楽的な価値は任せっきりな時もあったなぁと。

**金城:**確かにね。優人(佐々木)がデモで提示してくれるのは楽曲のテーマとなる部分ですし、リフに関しては委ねてくれている側面も大きくて。概念的なゼロイチを担当する優人とそれを具現化する僕らという役割分担があったのだとしたら、これからはそのテーマをもっと潜在的に共有してかなきゃいけない。そうやってまとまっていこうとするアティチュードが大切な気がします。

**佐々木:**バンドをやる意味って、メンバーの他者性というか、他の人の意見が交わる部分にあると思うんですよ。1人で曲を作って「これをやって」と言うだけじゃ、バンドである必要はないし。だから、ここからはもう少し共有しながらやっていきたいですね。あとは、自分が好きなものとできることの違いに最近気づいて。僕はハードコアが好きなんですけど、乙女絵画でそれを担う必要性はないじゃないですか。一方で、ここまで通ってこなかったサーフロックを聴き始めて、自分のポップセンスに共感する一面がある気もしたんです。今までジャンルに対するイメージを抱いてこなかったので、ここからは「こういう音が乙女絵画の音なんだ」みたいなサウンド面でのアイデンティティに手を付けてみても良いのかなと。

――『境界』がフィジカルな1枚だったからこそ、ジャンルという論理的な側面に目を向けられるようになったのかもしれないですよね。

佐々木:『境界』も含めてですけど、一番大事なのは好きにやることじゃないですか。でも、より正しくアクセスするための方法を探す必要はあって。だから、その見せ方の1つとして、ジャンルだったり音楽的な論理の部分が付随してきたら良いなと思います。そういうことができれば次に1歩進めると思いますし、もっと良い作品を作れる確信がある。次のアルバムがかなり楽しみですね。

Qoodow、えんぷていと共演。3月20日(木)開催『ONE WEEK WONDER'25』

――3月20日(木)に『ONE WEEK WONDER'25』が開催されます。Qoodowとえんぷていとの共演となりますが、2組に対する印象を教えてください。

**佐々木:**Qoodowはこの前自主企画に呼んでもらったんですけど、それ以前から『水槽から』を聴いていて。スイトーくん(Vo,Gt)の持っている良さだったり、藤岡くん(Gt)が作る楽曲の良さは、自分たちにはないものなんで凄いなと。えんぷていは『QUIET FRIENDS』の時から良いなぁと思っていたんですが、こういった形で対バンできるとは思っていなかったんですよね。僕らは札幌にいることもあって、なかなかライブを観る機会もなかったから、どういう風なライブになるのか楽しみです。

**金城:**Qoodowとは持っている空気感が近しい気がしているんですよ。積極的に話しかけるタイプではないけど、根底ではきちんと話したいと思っていて、何かのキッカケで会話ができた時に進んでいく、みたいな。それは僕らが札幌で抱いてきた引っ込み思案な部分と繋がる気がしましたし、企画で喋れて嬉しかった。えんぷていに関して言うと、いわゆるベッドルーム系のアーティストを聴いていた中で『QUIET FRIENDS』と出会って衝撃を受けましたし、画面越しでしか見たことのないバンドと空間を共有できることが嬉しいですね。

――改めて、3月20日(木)『ONE WEEK WONDER'25』に向けた意気込みをお願いします。

**佐々木:**札幌にいる僕らはどうしても見てもらう機会が少ないので、見に来てくれた人や呼んでくれた方たちに対して、その責任を果たしたいなと。あとは、NOT WONKを見た時に自分が持っている「めっちゃ良い」という期待を全部超えられた感覚があって。それに近づきたいというか、時代や期待、色んな価値観からはみ出して、全部を飛び越えてみたい。そういう挑戦ができたらと思っています。

取材・文=横堀つばさ

3月20日(木)開催『ONE WEEK WONDER'25』

出演:えんぷてい / Qoodow / 乙女絵画

OPEN 18:30 / START 19:00

ADV / DOOR ¥3,000 / ¥3,500 + 1D

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